今朝の信濃毎日新聞の斜面を書き写しながら思ったことです。
夫婦別姓制度の法案が法制審議会の答申から四半世紀近く実現しないことについてです。
世界でも夫婦同姓を法で定めているのは日本しかないと言います。
夫婦別姓を認めても、現実には別姓にする人はわずかだと思います。
しかしそうしたい人はいるはずです。
夫婦別姓がとても話題になっていた頃だから10年以上前のことかもしれません。
食卓でテレビのニュースから流れたきたこの話に、義父が「何で別姓にしなけれならないか分からない」と。
必要な人がいるから、必要な人のためにそうすればいいのではと、私。
少し年上の友人の話をしたのでした。
友人が夫婦別姓だったら、実の親の介護ができたのにと語ったことがありました。
義父が「親の介護なんて別姓でなくてもできるだろうに」と。
「でもねえ、お父さん両方の親が同時だったらどうなんでしょうね。嫁という立場でどちらを優先させかとしたらどうでしょう」
友人は私にまさにそれを言ったのでした。
後悔がにじんでいました。
別姓だったら、もう少し融通の利いた実の親の介護ができたかもしれないと。
最近、あなたの親だからあなたが看てという女性の話を2つ聞いたばかりです。
そう言える人がいるようになったのだと感無量の思いがしたのも事実です。
昔は三男・四男と親の介護をしないでも通ってきた人もいるでしょうが、今は一組の夫婦に親4人も珍しくありません。
私たちの世代は「嫁」が優先され、実家の親の介護を優先させることはできないというか、許されない時代だったような気がします。
友人の夫婦別姓だったら・・・・・これからの時代、そう考える人は増えていくことでしょう。
そして「家」のために養子をとらなければと、婚期をのがしたまま独身を通した女性が大勢います。
夫婦別姓であったら、家にしばられることなく生きていけたのではないかと思うのですが。
政治家は何を考えているのでしょうね。
依田 美恵子
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