バロセロナの旅から帰ってもう1ケ月も過ぎたのに、旅行記の続きが書けません。そこにきて今回のバロセロナのテロです。連日テレビから流れるバロセロナという言葉、そして流れる映像には、見たことのある街の風景もあって心が痛みます。
あのサグラダ・ファミリアもテロの対象と聞いて、なんともびっくりです。
あのサグラダ・ファミリアの建築が始まってからの長い月日の間には、戦火もあったはず、それでも無事に残ったのは、日本の京都と同じで、人間の良心と破壊すれば絶対再生できない歴史への尊重があったと思うのです。
そういうものを平気で破壊する人たちなのですね。
これからのテロは今までのテロと変わって来ると、しばらく前どなたかがテレビで話していました。
不穏なニュースを耳にすると、なぜかイソップ物語の「北風と太陽」を思い出してしまいます。
国を司る方々には、国民に知らせると大変だと思っていることがあるのでしょうか。きっとあるのでしょう。
1ケ月も過ぎてほぼ記憶から抜け落ちてきています。それでも書いておきたいところだけ、猛スピードで走りたいと思います。
4日目の午後は、コロンブスの塔の反対側の海岸沿いを散策です。緯度はかなり高い位置ですが、地中海気候ですので、椰子の木が遊歩道に茂っています。
ホテルを出る時、霧ぶっているように思えました、ドアマンに空を指差して「大丈夫?」と聞きましたら、目の前で指を振って「大丈夫」と答えてくれました。
この時期雨は降らないようです。乾燥していますから、降っても下まで落ちてこないらしい(笑)
でも遊歩道を歩いていたら、その雨です。慌わててレストランに飛び込みました。でも他の方は少しも慌てません・・・・・そういうもんなんですね。
エビのオブジェの見えるレストランで、トマトとモッツレアチーズの前菜とシーフードスープと、ここにきてハスせないシーフードパエリアをいただきました。
もちろん生ビールとワインは欠かせません。
良い気分でラフランス通りを歩きます。そこは似顔絵を描く人がたくさん並んでいます。まさに似顔絵というのも、抽象的にというのも様々です。
冷やかしで眺めているうちに「描いてもらわない」となったのは、ひたすらワインの力かもしれません。大勢のギャラリーの中で描いてもらうのは、少し恥ずかしいかなと普段なら思うところです。
1枚に2人お願いすることになって、まず私から。一人30分かかりました。画家の目をしっかり見つめ続けたのですが、描く方の真剣な目つきを見て・・・・すごいと思ったのでした。
ハイよくできました。・・・・・このA2サイズ位をどうやって持ち帰るか・・・・・ホテルで3日分の新聞紙をいただいて芯にしてきました・・・・今我が家の玄関の階段横に飾ってあります。
代金ですか、2人で50ユーロでした、そこへチップを10ユーロつけました。
抽象的の方は10分10ユーロと言っていました。
いい旅の思い出ができました。
ホテルに戻り一休みの後、前夜と同じパルに出かけました。早めに到着したので席はあいていて、マスターが顔を覚えてくれていました。
相変わらずの指指しですが、廻りの人が、これが美味しいよ、お薦めだよと教えてくれます。言葉の壁を超えてこれが分かってしまうとこがいいわねえ。
隣に座ったカップルは日本の方で話が盛り上がりました。
赤いバラを抱えた花売りが席を廻ります。どう見ても売る旬は過ぎているように見えますが、こういう時は乗ることにしています。私の誕生日の前夜祭でもありますしね。
反対側に座っていた男性も日本の方でした。私たちの話が弾んでいて、声がなかなかかけづらくてと言いながら、時間がなくて飲みきれないから、飲んで欲しいと、スクリーグワインを取り寄せた2つのグラスに注いで進呈してくれました。
仕事できている36歳の男性でした。これからホテルで会食なのだとか・・・・あんまりうれしそうでないお顔でしたが・・・・。
カップルとは名刺交換してプルーンがなったら送るわねと、さよならしたのでした。
この夜はタクシーで帰り、パタンキューでした(笑) 依田 美恵子 軽井沢・佐久で建てる外断熱・省エネ住宅 中島木材の家 <div align="center"> <strong> 【 中島木材のホームページは <a href="http://www.nakajima-sc.com/" target="_blank">こちら</a> 】 </strong> </div>
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