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こんにちは。
わかむらです。
毎日暑い日が続きます。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
コロナ禍にあって、納涼花火大会や、納涼盆踊りなど祭り事はすっかり自粛ムードですね。
セミの鳴く声はいつも通り響いています。
ところで、このセミの「声」ですが、日本人はセミの「音」とは言わないですよね。
松尾芭蕉が江戸時代に歌った句「閑さや岩にしみいる岩にしみ入る蝉の声」
にあるとおり、昔からセミは「声」です。
「あれマツムシがないている♪~あぁおもしろい虫のこえ」日本の童謡も「声」と言っていますね。
習ったからというわけではないのですが、虫の「音」を「声」として判別しているのはどうやら
日本人だけらしいのです。
正確に言うと、日本語をしゃべる人らしいのです。
東京医科歯科大学の名誉教授角田忠信さんが提唱された事のようで、批判もあるらしいのですが
そういう本を執筆されています。
人間の脳は左脳と右脳に分かれていますが、言葉や計算などの知的作業をする言語野があるのが左脳で
音楽を聴いたり絵を描いたり感覚的要素を処理するのが右脳です。
人間は、本来右脳で音を感知・処理します。ですから、海外の方は虫の音を電車の音と同列で処理し
雑音として認識します。そうすると慣れが発生して、音としての認識が無くなり意識から消えます。
つまり、海外の人は虫の「音」は、意識から消えているので聞こえなくなるのです。
でも、日本人は言語野の中で「声」として認識するのでずっと認識し続けるのです。
という理論、どう思いますか?
ただ、日本人が快適な音としての認識があるとすれば、音楽と同様の聴き方になるのかもしれないとは思いますが、
それでは、日本語をしゃべる人としゃべらない人との差異が説明できにくいですよね。
ただ、個人的な感想を言うとヒグラシのカナカナカナという声を聴くと夏の終わりを感じさせてくれますし
こおろぎやキリギリスの声は秋の涼けさを耳から感じさせてくれます。
こういう感覚自体が日本語圏外の方には無いのかなぁと不思議に思う程度です。
8月の厚い夏は始まったばかり、現場の窓を開けっぴろげにしてアブラゼミの声を聴いて
耳から暑さを堪能しようではありませんか。
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